大切なのは他人への思いやり。マヂカルラブリー・野田クリスタルが語る「我流」論

クリエイターが集まるプラットフォーム「SUZURI(スズリ)」では、さまざまな創作でご活躍中の著名人に「表現すること」について伺うインタビューをお届けします。

今回のゲストは、お笑いコンビ・マヂカルラブリーの野田クリスタルさん。「天才」「我流」と称される独特のスタイルが人気で、2020年には『R-1ぐらんぷり』と『M-1グランプリ』の二冠を達成しました。また、ゲーム開発やトレーニングジムのプロデュースなども手掛け、多方面で活躍しています。

野田さんの「我流」の笑いはどのようにして生まれたのでしょうか。ネタの作り方や日常の心構え、お笑いとそれ以外の仕事とのバランスなどについて聞きました。

<野田クリスタル>
お笑いコンビ・マヂカルラブリーのボケ担当。15歳の時にバラエティ番組『学校へ行こう!』(TBS)の「お笑いインターハイ」で優勝。2007年に村上さんとマヂカルラブリーを結成。2020年に『R-1ぐらんぷり』と『M-1グランプリ』で優勝し二冠を達成した。独学でプログラミングを習得し、自作のゲームを開発。2021年にはNintendo Switchから『スーパー野田ゲーPARTY』が発売された。また、パーソナルトレーニングジム『クリスタルジム』もプロデュースしている。

苦手なことは「経験値」として割り切り、背を向けて逃げろ!

――野田さんが作るネタは「我流」と言われます。ご自身でも「みんな構成されつくした完璧な笑いや全部が仕上がりすぎてる笑いを目指すけど、俺ら、それ無理だなって気づいてからの勝負ですよね」(『M-1アナザーストーリー』)とおっしゃっています。「我流」にはどのようにたどり着いたのでしょうか?

野田:見てきたものの積み重ねだと思います。僕が育ってきた東京の地下のお笑いライブは、今テレビで流れているお笑いとは少し違います。フリがあって、ボケがあって、ツッコミがある普通のお笑いとは違う、「完成されていない」笑い。その中で育ってきたから、ある程度、本番に余白を残しておきたいんです。その方が楽しいから。

――そうしたネタは、どうやって作るんですか?

野田:ネタは降りてくるものではないので、考えないと作れないですよね。単独ライブをやると、全部出し切ってしまうので中身がすっからかんになるんです。もう何も出なくなる。そこからどう過ごすかが重要です。

――野田さんは、どう過ごすんですか?

野田:これはね、賭けなんです。というのも、どう過ごせばいいかわからないんです。わからないからこそ、賞レースで上位に残る人が毎回違う。はっきり言って「運ゲー」だと思っています。「ネタを作るためには〇〇すればいい」なんてものはないんです。たくさん外に出て遊んだり、いろんなものを見たりすればいいわけではない。ただ家にいるだけで急に良いネタを思いつく時もあります。

お笑いは無限で、何をしてもインプットになるんです。だから、こんなに難しい仕事はないと思う一方で、深く考えさえしなければ何をしてもいい。だから、ある意味ではラクなのかもしれない。

――流行からネタを逆算して組み立てることはありますか?「今は短い尺で見せるネタがウケているからこうしよう」とか。

野田:僕の場合はどうなんだろう……。1分で見せるネタが流行っているとしても、僕にとってそれは苦手なことなんですよね。だから、無視します。

――無視!?

野田:そのフォーマットは、誰かが作った土台だから無視。見なかったことにする。

――強いです(笑)。今、多くのクリエイターが動画にシフトしたり、TikTokのような短いフォーマットに合わせるべきか試行錯誤したりしていると聞きます。

野田:そういったフォーマットに挑むことは、経験にはなると思います。でも、そこで勝つことはないと思うんです。僕も苦手なフォーマットで戦うこともありました。でもそれは経験値になるからやっているだけで、勝ちに行くときは、自分の得意なフォーマットでやれる時か、自分のフォーマットを作れた時。苦手なフォーマットでの勝負は、ある程度経験したら諦めますね。苦手なものに対しては、ちゃんと背を向けて逃げることも大事だと思います。

――すごい。昔からそういう考えなんですか?

野田:いや、何度も流されてきました。たくさん経験して「これは自分には合わないな」「これじゃ勝てないな」を繰り返してきたんです。元々、僕はものすごくブレる人間でしたから。超ミーハーだったし。今は自然体に近い自分でやれていますけど。

「俺は暗いお笑いを知ってるんだ」と言い聞かせ、溺れ続けた10数年

――かつて野田さんは、「自分は松本人志の生まれ変わりだ」と宣言していたそうですね。

野田:15歳で『学校へ行こう!』の「お笑いインターハイ」で優勝して、16歳で吉本興業に入りました。当時は『学校へ行こう!』フィーバーだったんですよね。「あの人、『学校へ行こう!』に出てた人だ」と言われたりして。若かったし、調子に乗りますよ。でも次第に一発屋みたいに見られるようになっていくんです。バトルライブでは最下位ばかりだし、「……あれ? 売れないってことも、ありえる?」と気づいてしまいました。

僕がそれまで見てきた漫画やドラマや映画では、主人公はいろんな苦悩に直面しても、最後には成功してハッピーエンドを迎えていました。だから自分も、結局最後は売れるんだろうなと思っていたんです。だけど「売れないこともあるのか……」と気づいた瞬間に、人生に対してすっごい吐きそうになってしまって。それが17歳の頃です。ボッキボキに心が折れました。

――そこからどのようにして上を向けたのでしょうか。

野田:上を向けてはいないんですよね、そこから10数年間ずっと。何も変わらないまま「これも上を向いていることになるのかなあ……」と思いながらやり続けた期間でした。『R-1 ぐらんぷり2020』で優勝してようやく少しだけすっきりするまでは、地獄の10数年間でした。

――その10数年間、お笑いをやめずに続けられたのはなぜですか?

野田:全然立派な理由じゃないんです。たとえるなら、溺れていたようなもの。溺れながらも、たまに息を吸えるタイミングがあるから、「まだ陸に上がれるんじゃないか」と思ってしまい、また溺れる。その繰り返しです。

やめればいいんですよね。でもやめなかった。時々、「自分は催眠術にかかっているんじゃないか?」と思うこともあります。お笑いが好きだからとか、そんな立派な理由はなく、むしろ途中からはお笑いが嫌いになっていたくらいなので。

――だとしたら、なぜ芸人でなければいけなかったのでしょうか? 執着なのか、それまで積み上げてきたものを捨てるのが怖かったのか……。

野田:それもあると思います。地下・インディーズからスタートしているので、表舞台から遠ざかれば遠ざかるほど「光り輝かなくても、俺は暗いお笑いを知ってるんだ、これが俺の強みなんだ」と言い聞かせていました。

「お題に対する100個目の答え」になるように

――野田さんは、負の感情からアイディアが生まれることが多いですか?

野田:多いです。というか、負の感情なくしてものづくりはできないんじゃないかと思っています。楽しい旅行のあとにネタ作りはできないです。

――負の感情が絵や音楽や文学になるのは想像しやすいですが、それが笑いに変わっていくのは、少し不思議な気がします。野田さんの頭の中ではどんな手続きが行われているのでしょうか。

野田:たとえば、マヂカルラブリーのネタに「傘泥棒に間違えられて、その時間をループし続ける」というコントがあります。これは実際に僕が遭遇した出来事なんです。

ジムの傘立ての前で、自分のビニール傘がわからなくなって探していたら、うしろから来たおじさんに「お前、傘パクろうとしてただろう」と言われたことがあって。「自分の傘がわからなくなっただけです」と言ったら「わかんなくなるわけねーだろ。自分のなら自分のだってわかるだろうがよ」と返されたんです。

その時はものすごく嫌な気分になりました。でも、「もし、この時間が一生ループしていたらどうなるんだろう?」と思ったら、急に面白くなってきて(笑)。

――面白すぎますね(笑)。

野田:嫌なことも行き過ぎると笑ってしまうんですね。そうやって負の感情を笑いに変えることが多いです。

――M-1決勝で披露した『高級フレンチ』のネタも負の感情から生まれたんですか?

野田:あれは負の感情ではないけれど、「行き過ぎると笑ってしまう」パターンではあります。フレンチのマナー説明を受けて、実際にそれをやってみようとする時、店に入る前の段階で間違える。フレンチのマナーどころか、そもそも人間としてのマナーを間違えるというネタです。

僕のネタの作り方はシンプルで、極端なことや「〇〇過ぎ」なことを軸に置いています。間違えるなら間違い過ぎるようにする。そういった飛距離で勝負しているところがありますね。いつも「大喜利のお題に対する100個目の答え」にしようと思っているんです。「行き過ぎ! 行き過ぎ!」という展開が好きなんですね。

売れるのは「普通の人」相手のことを考えられない人はだめ

――賞レースについて冷静な分析をすることも、ファンの間では知られています。やはり、賞レースでは傾向と対策を練ることが大事ですか。

野田:いや、傾向と対策というより、賞レースについての発言は「こういう流れになっちゃってるなあ」というグチに近いです。僕らがそれに合わせたことはないですね。「これをやったら周りと比べて映えるだろうな」くらいのことは考えますけど。

結局、周りが何をやるかは想像するしかない。それに、M-1なんかは無数の漫才がやってくるので、気にしていたらきりがないですしね。特に1回戦はなんでもありで荒れ狂ってますから。ただ、変な漫才は落とされます。だから変すぎない漫才にしないといけない。マヂカルラブリーの『つり革』のネタは、変すぎないギリギリのラインだったと思います。そもそも、大事なのは思いやりだと思うんです。

――思いやり?

野田:審査員だって「あの審査員は尖った芸人を落とすんだ」と思われたいはずがない。でもテレビには出せないから落とすんです。審査員は責任を負わなければいけないんですね。だから「尖ってる風」にしておく。そうすれば審査員も高得点をあげられる。お笑いの大会に限らず、すべてに共通することだと思うけれど、やっぱり相手のことを考えないとだめですよね。

普通の心がある人なら、考えようと思えば考えられるはずなんです。だってこれまで生きてきたんだから。それなのに無視しようとしたがる。審査員やスタッフのことを、自分とは違う別の存在だと思っちゃうんですね。だけどそうじゃない。相手のことを一切考えずに尖っている人は、絶対に売れないと思います。

――ということは、売れるのは……。

野田:売れるのは普通の人です。相手のことを考えて、「今こういうのが欲しいんだな」と考えて動ける人。その勘が良い人ほど売れていると思います。

普段の会話でも、妙に話にオチをつけたがる人や、変な話の振り方をしてくる人が若手芸人には多いんです。もちろん「こういう場でも自分の腕を磨きたい」という、その気持ちはわかるんです。でも、自分の技術向上云々の前に、会話にならないことが相手にとっては不安で不快であるということを考えないといけない。

――なるほど……。

野田:売れている人やベテランの人ほど自然体です。師匠レベルの人たちになると、テレビで見ているのと真逆のイメージだと思います。なんばグランド花月の楽屋なんて、普通のおじいちゃんの部屋ですよ。野球を見ながらぼーっとしていて、ボケもツッコミもなく、ずっと喋っている。それでいいんです。それが自然なんだから。会話にならなくなったらおしまいです。

ネタの細かい調整の前にやるべきこと

――お笑いがうまくなるためには、どんなトレーニングが必要なんでしょうか?

野田:トレーニングはないですね。僕は現場以外では、あまりお笑いの力をつけようとしていないです。強いて言うなら、大きいことにカロリーを使って大きな挑戦をすることだと思います。

――どういうことでしょうか?

野田:たとえばある時、20年間売れていない漫才師が舞台で漫才をして、ややウケして、楽屋に戻ってきた時に「あそこのボケは、ああした方がよかったかな」と言ったんです。僕からしたら「いや、それどころじゃないだろ」と思うんです。そもそも180度全部変えないと今いるところから這い上がれないのに、なぜそこに気づかないんだと。

そんな細かいところを調整するのは、M-1の決勝に行ってからでいい。つまらないネタを調整したって意味がないんです。そういうネタは捨てる勇気も必要だと思うんです。そもそもM-1決勝で披露するネタなんて、だいたいが5分くらいで思いついちゃったネタだと思うんです。

――5分! そうなんですか……!

野田:逆に、単独ライブ用の残り1本のネタがどうしても思いつかなくて、頭がフラフラするような状態でなんとか作りあげたネタもあるけれど、そんなのは、それから1ヶ月間叩いて膨らませても、あんまりウケるようにはならないんです。

最近は、スタートダッシュが悪いネタは捨てるようにしました。そんなものを時間をかけて調整するくらいだったら、新しいネタを作る。あるいは何か別のことをする。僕にとってはそれが、プログラミングを学んでゲームを作ることや、トレーニングジムを作ることでした。

これから芸人はどんどんマッチョ化していく

――筋トレは決まったトレーニングを継続していくものなので、お笑いのネタ作りとは、おそらくやり方が違いますよね。

野田:筋トレにハマる芸人が多い理由はそれだと思っています。お笑いには筋トレのようなものがない。やってもやっても身につかない。むしろやらない方がいいくらい。たまに「1年にコント100本作ります」みたいな人がいるけれど、100本作ったあと、まったく面白くなってないんですよね。賞レースの結果も以前より悪くなったりしている。

筋トレは、やればやるほど筋肉が付きます。だから「こんなものが存在するの!? やればつくんだったら……そりゃ、やるだろ!」と思ってしまう。

――野田さんは筋トレを趣味で終わらせるのではなく、『クリスタルジム』を作り、芸人さんの働き口を作りました。

野田:実は、表舞台よりも、作家やライブ主催の方がやっていて楽しいし得意なんじゃないかと思う自分もいるんです。ジムについては、今後マッチョ芸人が増えるだろうと思ったんです。だって自分が「芸人は筋トレ好きだろうな」と思ったくらいなんだから、他にもたくさんの人が同じことを思うはず。そうしておそらく今後、芸人はどんどんマッチョ化していく。マッチョ芸も増えていく。だからマッチョの需要は増えると思ったんです。

――「芸人はマッチョ化していく」はパワーワードですね。

野田:もしも芸人が教えるトレーニングジムがあったら、それは絶対楽しいだろうし、話題にもなる。そして自分がトレーニングジムを作ってしまえば、半永久的に自分に仕事が集まってくるだろうと。「これは勝ち確だな」と思って『クリスタルジム』を始めました。

でも、ビジネスに深入りはしません。あくまでも自分は芸人であって、ビジネスのトップの人たちに勝てるはずがないからです。プログラミングも同じ。だったら主軸はお笑いにすべきで、ビジネスにもプログラミングにもお笑いの要素を入れるべきだと思ったんです。なので、僕が作るゲームは、決して深いゲームになることがないんです。

――深いゲームにならない(笑)。でも、野田さんにしか作れないゲームなんですよね。

野田:そうなんです。お笑いが乗っかっているからこそ光るゲームであり、それが強みなんです。だから、ゲーム作りは勉強しすぎないようにしています。

――面白いお話です。ジムについては、ラジオ『マヂカルラブリーのオールナイトニッポン0』にて、「今後、容姿いじりができない世の中になるけれど、マッチョはいじってもいい」とおっしゃっていたのも印象的でした。

野田:「いじり」はお笑いの手法だからなくならないと思うんです。「ツッコミ」も何らかの形で残ると思います。でも、人の容姿をいじるのは、もう無理でしょうね。いくら誰かがワーワー言っても、それは進行を遅らせているだけ。最終的な着地点は、容姿に関するいじりはすべて完全NGになると思います。

そうなった時、でも、おそらくマッチョだけは大丈夫だろう、いじれるのはマッチョだけになるだろうと思ったんです。だって、我々はなりたくてマッチョになっているわけですからね。マッチョって、だんだんかわいく見えてくるんですよ。明るいイメージもあるし、ちょっとバカにも見えるし(笑)。『クリスタルジム』では無名の芸人も働いているので、このジムをきっかけに話題になってくれたら嬉しいですね。

<企画・編集 小沢あやピース株式会社)>
<取材・執筆 山田宗太朗
<撮影 小原聡太

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